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2026年4月6日月曜日

さすらい人幻想曲 ハ長調 D 760 Op.15 Schubert, Franz : Fantaisie 'Wandererfantasie' C-Dur D 760 Op.15

  幻想曲ハ長調 「さすらい人幻想曲」

D 760 Op.15  Schubert, Franz : Fantaisie 'Wandererfantasie' C-Dur D 760 Op.15

仕事が忙しいとなかなか記録まで手がでない現実であるが、学生時代に弾いてダメだった曲を弾きなおすというチャレンジをしている。今しかないでしょう。眼とか筋力とかいろいろ不具合が出てきたもの。

シューベルト初期の傑作、さすらい人幻想曲は切れ目なく続く4つの部分から成り、速度、調性、拍子が明確に異なり、楽章と考えてよいと思う。しかし、曲としては1つの楽曲。つまり、この作品は1楽章制ソナタ風幻想曲である。生前しかも作曲後まもなく出版されており、いわゆる作品番号としてはOp.15である。

シューベルトは早世したので、出版順のOpusでは作曲年代がわかりにくい。Otto Erich Deutschが作成したシューベルト年代順作品表題目録の番号がシューベルトの作品番号としてのドイッチュ番号である。

この傑作、シューベルト本人が「こんな曲は悪魔にでも弾かせてしまえ」と言ったようだが、たいへんな難曲である。しかし、今どきの時代では、ものすごく難しい曲は他にもたくさんあり、古典派の難曲の域を出ないと個人的には思う。しかし難しいですよ。ほんとに。

単一楽章の大曲という点でリストのロ短調や、スクリャービンの4番,5番を先取りしたような恐るべき先取性が見える。一方で終楽章にはフーガが用いられており、最終的にベートーヴェン的であるという印象を与える。一方、ソナタであれば必ずあるはずの再現部は省略され、展開の自由度は高く、楽曲スタイルは幻想曲であることがわかる。

さすらい人、の呼び名は、第二楽章adagioに引用されたD649の歌曲に由来する。詩はゲオルク・フィリップ・シュミット・フォン・リューベックの『よそ者の夕べの歌 Des Fremdlings Abendlied』である。この世のどこにも安らぎはないというさすらい人、このリートはシューベルトわずか19歳の作である。何という若者か。

谷は霧にかすみ、海は荒れている。表すべきことは、この風景。霧、嵐、こころの嵐。

さて、練習の仕方について。

この曲は、体力勝負ともいわれる。最後の1ページはアルペジオと分散和音で成立する定型文であるから、ここに大きな努力は不要。攻めどころは3,4楽章、苦手な音型を抽出して攻めること。譜読みは難しくない。このシューベルトは極めて古典だから。技巧的難しさはベートーヴェン的な1,3,4楽章にあり、力ずくで弾かないことが重要である。パワフルな楽曲なのだが、白眉は二楽章adagioである、ここを幻のごとく美しく弾こうと思うのであれば、この曲を弾く理由になるだろう。

繰り返すようだが古典だから、弾けるはず。あせらず、脱力して、オクターブ跳躍が続くところこそ、息を吐いて、呼吸して。歌うことを怖がらず、大きく歌のラインを表現して、細切れにならないように。

楽譜はHenleをお勧めする。やはり原典版が良いと思う。ペダル標記がないが、耳で学ぶか、春秋社を見るとよい。ご自分の音を聞く耳をお勧めする。ほか解釈版Peters等、あるが、例えば2楽章最後の左手ファのシャープがあったりなかったいと違いがある。好きな音を採用すればよいのではないかな。

参考音源二つ

アヴデーエワが2019年のオペラシティで弾いたさすらい人、わたしはこのリサイタルを聞いていて、この宿題を思い出した。ありがとうユリアンナ。

さすらい人D760アヴデーエワ2019

ドイツの至宝 ヴァルトラウト・マイヤーのさすらい人(2005年東京公演)

さすらい人D489

文学や絵画や政治とかかわりがある楽曲は、その背景をできるだけ学んだほうが良いと私は思う。シューベルトが歌曲にした原詩がこちら(4連目の1行目、FreundeはもとはTraumeだった)。

Der Wanderer/Georg Philipp Schmidt von Lübeck

Ich komme vom Gebirge her,

es dampft das Tal, es braust das Meer

ich wandle still, bin wenig froh,

und immer fragt der Seufzer: wo?

Die Sonne dünkt mich hier so kalt,

die Blüte welk, das Leben alt,

und was sie reden, leerer Schall,

ich bin ein Fremdling überall.

Wo bist du, mein geliebtes Land?

Gesucht, geahnt und nie gekannt!

Das Land, das Land, so hoffnunsgrün,

das Land, wo meine Rosen blühn,

Wo meine Freunde wandeln gehn,

wo meine Toten auferstehn,

das Land, das meine Sprache spricht,

O Land, wo bist du?

Ich wandle still, bin wenig froh,

und immer fargt der Seufzer: wo?

Im Geisterhauch tönt's mir zurück:

"Dort, wo du nicht bist, dort ist das Glück!"


2022年5月30日月曜日

幻想曲 作品49


Chopin, Frederic:Fantaisie f-moll Op.49 CT42

幻想曲。

どんな曲が幻想曲なのか。

決まった形式を持たず、作曲者の自由な発想で展開される作品、とかなんとか、音楽辞典には書いてある。つまり、どんな形式でも良いらしい。

わたしは小さい時から、変奏曲が好きだった。幻想曲と名の付くものは、大型の変奏曲であることが多く、したがって、わたしは幻想曲も好きである。モーツァルトの幻想曲ハ短調が原点かもしれない。

さて、ショパンの幻想曲。

冒頭の葬送風の部分はゆ~き~のふ~るま~ちを♪の元曲?としても有名であるが、中田喜直氏は引用とは言っていないようで、オマージュ、なのかな。

序奏 Marciaと記載、そして、Graveの指示。なんの行進だろうか。葬送なのか、行軍なのか。同じように弾かず、例えば2回目には左手の上を強調する、とか、大きくフレーズ感をとるようにして、重厚であっても前に進むように演奏したい。フレーズの最後を終わらせずに、次へつなぐようにとるとよい。

一転、三連符の移行部で変容する。クレッシェンドしながら、最高音Fに至り、フォルテシモで下降する。バスの音を大事に響かせるのは大切だが、あまり大仰にしないほうが良いと思う。この序奏部分、フラメンコのsalidaという導入部のように、と思って弾いていた。主役を呼ぶための、大事な導入部。

提示部 68小節から、agitatoでせき込むような主題が提示される。左のバスは上昇しながらせまってくる。そして、a tempoで主題がでる。すべてはこのa tempoのため。

展開部 143小節~
主題はヘ短調から変イ長調へと立ち上がってくる。壮大さを十分に感じられる箇所である。これでもかというほど、多彩なパッセージが繰り出される。が、理解不能なものがなく、エネルギーの向きはわかりやすい。転調には天才的なものがあるが、終着点を考えれば難しくはない。ポジション奏法の実践に最適な部位や、大型のアルペジオの実践も左手で堪能できる。小さく切り取ればエチュードとして有用だと思ったものだ。

ロ長調という冥界的な調に展開するlento sostenutoのエピソードでは、技術よりは感性というか、情緒というものがとても大切になると思う。技巧だけやらかした奏者では聞くほうがつらい箇所ともいえる。

再現部 236小節~

変ロ長調に展開したのち、各主題が再現されてくる。調性は変ロ長調のまま。イメージは前向きである。

コーダ 309小節~

322小節からは変イ長調のコーダになる。変イ長調のまま、assai allegroで輝かしく終わる。この曲はバラードと同じような多彩な構成成分を持つ楽曲であるが、コーダに関しては、演奏難易度は高くない。したがって、バラード4番などよりはアプローチが楽ではないかと思う。余談であるが、ジョルジュ・サンドとの喧嘩と仲直りを書いたという説がある。

幻想ポロネーズを弾くと、幻想曲だと思う。幻想曲を弾くと、ポロネーズだと思う。ショパンの中では、この二曲、同じようなものだったのではないか。葬送の重い足音、ソナタ2番の三楽章に通じる、終着点のない道行。しかし、この曲は、最後に、天を仰ぎD-durの和音で昇天するように終わる。希望をもって、終わる。そのように作っていきたい曲である。

長い曲で、14分ほどの演奏時間、全体像をどう展開するか、考えながら弾かないといけない。構成力を問われる。そういう意味で、大変勉強になった重要な曲であった。

この曲のあと、ソナタを弾いた。一つの楽章が6分程度で、場面が切り替わるソナタというものは、映像を作りやすいものなのだと、妙に感心したものである。だから、こういう長い曲も、ソナタの楽章が切れないバージョンだと思ってもいいのかもしれない。

音源はツィメルマン師匠の、1987年のリサイタルから。

https://youtu.be/A-GjbRtlweg


2020年11月25日水曜日

ノクターン 作品62-1 (夜想曲 第十七番)

 Chopin, Frederic:Nocturnes Nocturne No.17 H-Dur Op.62-1 CT124

ポリフォニーの音楽。作品62-2と共に出版、同じケンネリッツ嬢に献呈された。

冒頭のカデンツァは唐突な感じを受けるが、前奏であろう。こういう部分がある曲は、ピアノの調子やその日の倍音の響き具合などを試すことができて、ありがたい。

ロ長調。ゆったりとしたこの曲では、澄み切った美しい印象を作る。

第一主題。左の伴奏音型では、二拍目に少し重さがある。小節線はあまり役に立たない。バロックの踊りのような感じだろうか。主題は右のソプラノだったり、アルトだったり、いくつかの不確定な声部に内声として再現されてくる。これもポリフォニックでフーガ的である。しかし、あくまで優雅。

経過部分、21小節からは、左にシンコペーション(オスティナート)。13番のノクターンでは強い印象を与えた音型だが、ここでは、少し進む印象はあるが、あくまで、優しい。その上に、コロラトゥーラのようにソプラノが、控えめに歌う。霧の湖面に、そっと風が吹くように。わずか4小節の経過分だが、おそらくこの曲で最も感性が問われる部分だと思う。繊細に繊細に。音量変化も、音色変化も。

中間部は、変イ長調になる。霧の向こうに、進んでいこうとする。左手に推進力がほしいが、引き戻されるような感覚も欲しい。

トリルの中に旋律を埋め込む技法で、確かに演奏難易度は上がるわけであるが、左でしっかり音楽を作り、リズムを作り、右手は、ハチドリのようなトリルの中で歌わせることになる。なんてことはない、という感じで弾きたいわけである。この技法、少々前の時代にベートーヴェンもエロイカ変奏曲で用いている。フォルテピアノのほうが演奏しやすいのかもしれないと思う。

コーダはやはり舟歌なのだろう、わずか4小節だが、ロ長調に戻るための重要な経過部があり、再現部のロ長調になる。この経過部は、4声のポリフォニーで、気合入れて作った部分なのだろう。見事に、ロ長調に着地する。

遠くへ、漕ぎ出してしまって、後ろ姿を見送っている。オスティナートのリズムに、ソプラノは軽く、軽く、消える様に。ずーっと通奏低音のようにHの音が鳴り続ける左のベースの響きを大切に、良い感じに歌がからむとよい。

消えてしまった、と思うような響きで、ペダルの使い方を繊細に最後の少し東洋的な音を楽しみたい。

この作品62の2曲は、水の形をした宝石のようだと思うのである。

ショパンという作曲家がこの世に生まれてくれて、本当にわたしたちは幸せだと思う。

演奏動画はショパンコンクール2015年、第一次予選のケイト・リウです。

https://youtu.be/UFlIvrEZ3nU

2020年10月26日月曜日

ノクターン 作品62-2 (夜想曲 第十八番)

 Chopin, Frederic:Deux Nocturnes Op.62 Nocturne No.18 E-Dur Op.62-2 CT125

1836年に作曲された作品62。ショパンの弟子のひとりであった、Mademoiselle R. de Könneritz (Madame von Heygendorf)に献呈されている。

作品60は舟歌。作品61はポロネーズ「幻想」、作品63は彼の存命中に出版された最後のマズルカ。子犬のワルツや嬰ハ短調のワルツを含む最後のワルツ、作品64、そしてチェロソナタ作品65。作品58のソナタ3番、作品59のマズルカに続く、この一連の作品群は、ショパンの傑作の森、といえる。

作品62-2には、ショパンの作曲技法が沢山、織り込まれている。冒頭の伴奏音型は、バス声部に、和音の連続で中声部が乗り、6度の経過和音から1度に終止する形式。音楽は左手で作ると言われるように、この伴奏型を、さりげなくバスを響かせ、和声の倍音をゆるやかに載せるように響かせることができたら、素晴らしいことだろうと思う。そして、その上に、牧歌的な穏やかな旋律が歌う。

中間部、左手の波のような、クロマティックエチュードのような間奏に、息の長い右手の旋律がのり、何かが起きる予感をさせたのち、追い立てるようなリズムが特徴的なほの暗い激情が顔をのぞかせる。ここは右手の高音部で旋律を、右手の低音部でその伴奏を弾き分け、左手はリズムを刻みつつ、右の和声と呼応する、という演奏技術的には高度なものが要求される部分である。和声の変化にも、山を登る部分と、焔を消そうとする部分がある。注意深く、消火活動をして、再現部の穏やかな空気を入れることができたら、最高だと思う。

E-durという、輝かしい調性で、最後のノクターンが作られた。本人は最後だと思っていなかっただろうけれども、この曲には、ショパンが到達した、穏やかな境地が感じられる。この人は、ずっと旅人だったのだと思う。揺蕩うような、ゆるやかなリズム、舟歌のような感じがする。月の夜、小さな舟で、鏡のような湖に漕ぎ出した。急に風が吹いて、湖は荒れたけれども、祈っていたら嵐はおさまった。岸辺には、穏やかに微笑む水の精が待っていた。というような感じに弾きたいと思うのである。シフィテジの、湖の、悲劇のバラードの、悲しい記憶をなぐさめるように。

ショパンのノクターンを弾き進めていたころ、ポリーニの録音が素晴らしくて、作品62の二曲に無謀なチャレンジをしたのだ。結果的には、完成度の高い作品だったので、それなりの演奏になり、すっかり気をよくして、無謀なチャレンジを続ける原因になった、わたくしにとっては因縁の曲である。

参考音源は、2015年のショパンコンクール第2位のシャルル・リシャール=アムラン君。

https://youtu.be/9mlAY_sxRYA

と、その師匠のダン・タイ・ソン師、1980年のショパンコンクール予選

https://youtu.be/BseUi3Qs5p8

今はライブで視聴できるコンクールになりましたが、1980年ごろは、2日ほど遅れて優勝のニュースが届くような時代でしたなあ。


2020年9月18日金曜日

ノクターン 作品37-2 (夜想曲 第十二番)

ノクターン 作品37-2

Chopin, Frederic:Duex Nocturnes Nocturne No.12 G-Dur;Op.37-2; CT119

1839年に作曲された二つのノクターンの、2曲目。

このころ、恋人ジョルジュ・サンドと、マヨルカ島で過ごそうと旅立った。この曲は、おだやかなアンダンティーノ、6/8の左手の伴奏アルペジオの上に、三度、六度の重音できらめくような右手の旋律が乗る。途中には、凪の寄港地のような、舟歌のような、まどろみの中間部があります。

穏やかな海、陽光がキラキラと輝く。ゆるやかな風、船はゆっくりと、憧れの島へ向かって、太陽に向かって、進む。

そんなイメージの曲なのです。ショパンは、冬のパリから逃げ出したときに、恋人と、南国のあたたかな太陽のもと、きらめく海の近くで、病気を治そうと思っていたのしょう。噂にならないように、途中で落ちあって、サンドの子供たちも一緒に。

第一主題とその変奏、G-durと書かれていて、初めて主調に気づく曲かもしれません。頻繁に転調する主題の中に、あまりG-durは出てこない。落ち着き先のない、浮遊するような調性の移ろいを、不自然さのないように流麗に演奏してほしいところです。右の重音旋律も、左の大きなアルペジオも、難しいです。ペダルも繊細に使いたい。

中間部のC-durから始まる第2主題は、ポーランドの民族的旋律といわれています。舟歌のようで、コラールのようで、ゆたかな平穏を表したいところ。ここも繊細な転調を繰り返します。転調をたどってみると、C、E、Cis、fis、as、F、Hes、D、G、かな。主調に辿り着くまでにこんなに紆余曲折。

全体をながめてみても第一主題再現部、再再現部には多様な転調があり、特に再現部は、低音部の半音進行がころころと変わる行き先のようで、奏者にとっては難解な迷路を生む。そして、短いコーダで、初めてG-durで第二主題が奏でられ、終止となるのだが、本来輝かしいはずのG-durの第二主題に、消えてしまうような寂しい印象を受けるのはわたしだけでしょうか。

残念ながら、この年のマヨルカは雨が多く、大事なプレイエルのピアノはなかなか届かず、田舎の村は排他的で、滞在する場所さえ見つけるのが困難、ショパンの結核は治るどころか、悪化してしまった。この曲は、そんなマヨルカの、夢。

わたくしにとっては、思い出深い曲であります。とてもとても忙しかった時期に、息が詰まりそうで、毎日夜中に依存症のようにピアノを弾いていて、ノクターンを全部弾きたいと言って、当時習っていた先生を困らせていた。冬にさしかかるころ、これを持っていって、難しいよと脅かされ、左の分散和音の音色だけで1時間のレッスンが終わることもしばしば、半年かかってなんとか人前で弾ける程度に仕上げたものです。持ち曲になり、ほかにはあまり弾かれない曲のようで、わたくしの印象として覚えていただいていることも多いようです。しかし、高温多湿の梅雨明け猛暑の日本で弾いたときは願望から程遠く、梅の咲いた2月のほうが、イイ感じにドライに弾けたのでした。

音源は、ポリーニの録音を拝借です。

https://youtu.be/UmkW7JZibxg



2020年9月16日水曜日

ノクターン 作品27-1 (夜想曲 第七番)

 ノクターン 作品27-1

Chopin, Frederic:Nocturnes Nocturne No.8 Des-Dur Op.27-1 CT114


1835年、ショパンはパリにいた。サン・ドミニク街のホテル・ド・モナコは、オーストリア公使の館となっていて、公使夫人であるアッポニイ伯爵夫人は月曜の夜にはサロンを、日曜の午後には演奏会を催した。

伯爵夫人は、ショパンにピアノを習っており、また、優れた歌手であった。ロッシーニも彼女のサロンの常連で、ウィーンでは彼のオペラに出演したこともあった。また、豊富な人脈を持つ彼女のサロンは、政治的に重要な場所であった。

ご存じのように、芸術は政治と無縁ではいられない。ロシア領になったポーランドに、もはや戻ることができなくなったショパンは、このサロンで、オーストリア皇帝を大叔父に持つヴォーデモン侯爵夫人にも紹介され、亡命ポーランド人として必要な知故を得ている。

ショパンはこの芸術の女神と呼ばれた伯爵夫人に、作品27のノクターンを捧げた。

彼のノクターンのなかでも、この作品27の二つのノクターンは、傑出した作品だと思う。


作品27-1、第7番のノクターンは、左手のアルペジオの上に旋律が乗る、A-B-A'の三部形式の作品。彼の特徴的な書法である、左の広域アルペジオ、演奏は地味に困難だが、空虚5度といわれる、第3音がないcis, gisの和声で展開され、最初に提示される主題は、やがて二声になり、冒頭および中間部はcis、同じ調性でありながら、冒頭のほの暗い、まさに宵闇のようなモノローグと、中間部の漆黒の情熱の対比、これこそがショパンだと思う。

再現部ではcisの主題はCisに変わり、朝日が差し込むように、ひとすじの希望とともに弾き終わる。これは、夢なのではないだろうか。


左手はつねに大きなアルペジオを弾く。手の大きさでカバーできる音域ではないと思う。右手は、極上の主題をあくまで漂うがごとく、中間部の情熱は、ほの暗さを残したまま、描いてほしい。どちらも、あくまで地球に音の重さをゆだねるようにして、左のどれか一つの指が強くならないように、ベースの音は少し残響が多くなる感じで注意深く弾いてほしい。

ペダル、濁らないように、よくよく音を聞いて、una cordaを上手に使って音色を変えるとよい。

このような曲を弾くためには、ペダルにあまり頼らずに、音楽を作れるようにしたいところである、難しいが。

Contessa Theressa Apponyiはこのような方だったようです。


参考音源は、今でも鮮烈に思い出す、ユリアンナ・アヴデーエワのショパンコンクール3次予選の演奏です。この演奏を聴いたときに彼女の優勝を予感しました。素晴らしかった。

https://youtu.be/B28j2Eud5wE

2020年8月31日月曜日

巡礼の年 第3年 イタリアより 「エステ荘の噴水」

 巡礼の年第3年 イタリアよりS.163/R.10 A283Liszt, Franz:Années de pèlerinage troisième année "Les jeux d'eaux a la Villa d'Este

この曲は、演奏活動を再開したころに弾いた一連の曲の中で、わたしにとっては重要な転換点となった作品です。技巧的には、上級の下のほう、に位置するかと思います。

転換点というのは、楽譜通りにきっちり弾いても何も伝えることができないということを実感したから、どのように聞こえるのかを計算することの大切さがあるということ、それは感性だけで実行できる演奏家もいると思うのですが、理論的に考えることはとても大事だと気付いたことでした。、この曲が重要である点は、ピアノ史上、もっとも重要な作曲家の一人であるリストの書法が一通り学べる作品でもあるからでしょう。リストは、幾何学的で数学的な頭脳で、理論的な作曲をしますが、本質はロマンチックで夢みる人です。そして敬虔なキリスト教徒であります。そのすべてがこの曲にあります。

和声構造は複雑に変化しますが、移行は数学的です。曲としては、大きな和音で作られる主題と、トレモロ・トリルと分散和音で構成されています。印象派のように、水の様々な動きを現していますが、焦点はキリストの出現(144小節目以降)にあります。ここから先を、大船に乗ったような雄大さで描きたいところです。。

技術的には、高低差の大きい分散和音と、重音トリルが問題なく弾けることが条件です。加えて、転がるような音色のために、1/4刻みぐらいのタッチコントロールが最低でも必要でしょう。ペダル操作も重要、大きいところは踏みっぱなし、細かい水の陰影を出したいところはペダルの深さを変え、ビブラートなどを使ってください。

細かい部分を見ていきましょう。

前奏に当たる部分(39小節まで)は水の表現です。緩急をつけ、始めと終わりを少し遅く、真ん中を早く演奏するようにして、ピークがわかるように少し短めのスパンを意識し、なおかつ全体的な流れを大きくとるとよいと思います。ppのところは水がポトンと滴るような感じ。

Um poco Marcato=40小節からは上の声部に甘美な主題が現れ、左に応答型があります。主題は左に降りたりするので、しっかり出しましょう。細かい音はすべて水の表現で、装飾ですから大きく響きすぎないように、1/4タッチぐらいで。素晴らしいものの予感。

144小節から三段譜になったところはキリストの出現です。D-durに転調していて、輝かしい印象とともに出現します。右に大きな主題、続いて、左の上の声部に大きな主題が出ます。演奏が難しい場所ですが、落ち着いて左手親指でテーマをしっかり。

158小節でFis-durに回帰したあとは、救いを見た安堵の心地です。途中でA-dur左で大きくテーマを拾う部分があり、余談ですが、このあたりに使われる音階はリストらしいハンガリー的な音階になっていて、個人的にとても好きな部分であります。204小節からFisに回帰します214小節冒頭の八分休符は大きく呼吸をしてください。ゆったりと大きく、Briosoからの水のきらめきは天国のように。最後は、大船に乗って海原に出るように、またはあこがれの新大陸が見えたかのように。

構成はこのように、大きく4つ、主題は宗教的な救いの音楽であります。具体的になにを思い浮かべても良いのです、大きな素晴らしいものに出会った、という演奏をするとよいかなと思います。

この曲を弾く方は、それなりに弾ける方だと思います。技術は練習でカバーできます。必ず弾けるはずです。楽曲がすばらしいですから、楽譜通りに音を出すだけでも素敵ですが、それでは非常につまらない。それより上の、印象に残る音楽、のためには、ここを聞いてほしい、というエネルギーを考えている5倍ぐらい注入することだろうな、弱音のなかの主張にはさらに10倍の魂を込めることだろうな、とわたくしは思います。テクニカルには、accelをかけるところ、rubatoで緩めるところの緩急をバランスよくとることでしょうか。


★楽譜の選択:ムジカ・ブダペスト・リスト原典版 またはヘンレ版をお勧めします。

ノクターン 作品27-2 (夜想曲 第八番)

 ノクターン第8番 Op.27-2 CT115 変ニ長調

Chopin, Frederic:Nocturnes Nocturne No.8 Des-Dur Op.27-2 CT115

ショパンのノクターンを弾きなおそう、というのは、演奏再開後初期の大きな目標でした。若いころには弾ききれなかったあれやこれや(表現力的な)、があったから、です。大きな作品群を弾くときにも必ず必要になるショパン的な要素を学ぶには最適。ノクターンを夜想曲と訳したのは、どなたなのか、素晴らしいセンスだと思う。

弾きなおした順は、9、10、11、12、7、8、15、16、17、18、13、14、3、5でした。

さて。そのノクターンの中から、私の大好きな第8番です。

変ニ長調、幸せ感のある調です。

8/6拍子、左手はずっと16分音符の6連符で波を作ります。2拍子系だと思って弾くと推進力がでます。最初の2音を少し早く、あとはゆったり、音量は3音目より後ろが大きくならないように。

右手はそれに乗ってメロディーを奏でます。1回目はシンプルに。第2主題からは重音になり、広がりを作る。Con forzaはひとつの頂点ですが、まだ前半ですから、決してたたくような音を出さないで丁寧に。第2部、第1主題の回帰からは、右手に多彩な技巧がでてきます。軽やかに、夢見るように。回想のような部分にしてみてください。弾きにくければ左手のテンポをそれなりに落としたりしてみてください。

第3部はTempo 1から再び第1主題です。大きく、雄大に歌ってください。途中、右手にちいさな技巧がちりばめられた宝石のような部分があります。タッチはハーフ以下にして、ペダルを上手に使って、曇らないように弾きたいところ。

Con forzaから、appassionataは、あらん限りの情熱を、しかし、決して押しつけがましくならないように。

A tempoからはfinaleです、波が押しては戻るように、右に二つの波がでてきます。ゆるやかにテンポルバートで表現してください。静かに、静かに幕を閉じます。わたしは、ここはいつも、あなたにあえて良かった、また会いましょうね、と思って弾きます。でも、次の約束はありません。

大切にしたい音は、左手バスのルート音=6連符の頭、と、内声で変化するところ。左手の3音目にアクセント記号などは重要です。右手が華やかに動くので気を取られますが、左手だけで充分に歌えるようにするとよいと思います。これは、ショパンに限らず、かなりの曲についても言えることかと思います。

小品を弾こう

2020年は消去したいほどの一年になってしまいそう。そうはさせないぞ!
演奏会は開けず、オンラインではもの足りず。ならば研鑽のstay-homeにしようではないか。
と思いたったのはロックダウン最中のGWでした。しかし、医療職は多忙をきわめ、防護衣は暑すぎ、ゴーグルで視界は曇り、管理者としては新しい制度を山のように決めなければならず、消耗した。
ちょっとウィルスの性質が変わったかな、と思ったら、猛暑で死にかけた、もともと暑さに弱すぎで。
さて、本題、積ん読にもなっていない楽譜がたくさんある。小品が多く、1,2曲は弾いたけど、がほとんど。
演奏会プログラムには全曲なら成り立ちそうなものもたくさんあるし、この際、1週間に1,2曲ぐらい弾いて見ようと思いたった。エアコンの中で、8月からぼちぼちやっている。
候補の曲集はこんな感じ。たくさんある。

シューマン 子供の情景、パピヨン
スクリャービン プレリュードop11、詩曲
プロコフィエフ 束の間の幻影、ロメオとジュリエット、シンデレラ
アルカン エスキス、プレリュード、エチュード
メリカント ピアノアルバム(全音)
カスキ ピアノ小品集(全音)
パルムグレン ピアノ名曲集(全音)
シベリウス 花の組曲、樹木の組曲
メトネル 忘れられた調べ
シマノフスキ マズルカ
メンデルスゾーン 無言歌集
アルベニス スペインの歌、スペイン組曲
アルベニス 性格的小品集op92

そのほかに、ずっとやっている特集もの
☆プレリュード特集
ショパン プレリュード
ショスタコーヴィチ プレリュードとフーガ
ドビュッシー プレリュード1;II(今はこれ)
☆マズルカ特集
スクリャービン
シマノフスキ
ショパン (まだまだずっとこれ)
パルムグレン 
☆変奏曲特集
ベートーヴェン(ディアベリ;エロイカ)
ハイドンいくつか(いまはこれ)
ブラームス(ショパンの主題、主題と変奏)

小曲シリーズ、今のところ、シベリウスの樹木とシューマンの子供の情景をやっている。
何曲か弾いたら、なにか書いてみます。



2020年6月15日月曜日

音楽とわたし

音楽とは長い付き合いで、4歳からピアノを弾いている。

どういうわけか、職業音楽家にはならなかった。そこそこ学業が良かったので、経済成長真っ只中のこの国で、けっこう稼げる仕事が見つかってしまったためだろう。医者の仕事は、バブル崩壊も、リーマンショックも、阪神淡路大震災も、東日本大震災も全く影響がなかった。昔ほどおいしい職業じゃないという先輩たちもいるが、遺伝子の時代にこの仕事ができたことは素晴らしいことだと思っている。
音大には行かなかったが、音楽と離れることはなくて、大学時代にはソロだけでなく、室内楽やオーケストラで弾かせてもらい、軽音楽でもキーボードを弾いていたし、チェロも弾いていた。
職に着くととても忙しくて、鍵盤にさわることもなく10年がたった。結婚したときに夫がピアノを家に持ってきてくれたので、そこからなんとなくまた弾いた。
真面目にやっているのはここ10年ぐらいのことだ。昔弾いたものをまた弾き、基本の基本をまたやりなおし、劣化した筋力、動態視力、記銘力の対策が最大の課題になった。
でも。年を取るのはいいことで、たくさんの素晴らしい演奏を聴き、巨匠からもたくさんの貴重なレッスンを受け、時代もたくさんの情報をくれるから、昔より素早くいろいろできるようになっている。
若いときのように、技巧だぜ!という曲は、やっぱり弾きたいけど、つまんないな~と思っていたような種類も弾きたくなり、人に聞かせなくても弾きたくなり、完璧に弾くことはむしろ出来ないのだけど、こうしたら素敵かな、と思って弾いている。

2020年、未曽有のCovid-19危機、否応にも、この東京で、この人々を、どうにかしなくてはならなかった。防護服の中で、生きていることとか、自分はこの世界でどう役立てるだろうかとか、本当に大切なものとか、いろいろ考えた。
とかく厳しいタイプであったが、少しだけ他人にはやさしくなったかもしれない。(むしろ冷たくなったのか)
混乱から逃れたときに向き合いたくなったものは、やはり、人類の膨大な財産である芸術だった。聞けないとなれば、ベルリンフィルが無性に聞きたかった。
適当にやってきたものにも、正面を向こうと思った。踊りやチェロのことだ。いろいろ劣化しているけど、バレエもフラメンコもチェロも、頑張ってみようと改めて思った。

音楽はすべての基本で、すべてを含んでいる。うれしいことも、かなしいことも、おそろしいことも、すてきなことも。そのすべてを、できることなら、素敵に表現したい。
それが、今、私が目指す場所。

さすらい人幻想曲 ハ長調 D 760 Op.15 Schubert, Franz : Fantaisie 'Wandererfantasie' C-Dur D 760 Op.15

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