巡礼の年第3年 イタリアよりS.163/R.10 A283Liszt, Franz:Années de pèlerinage troisième année "Les jeux d'eaux a la Villa d'Este
この曲は、演奏活動を再開したころに弾いた一連の曲の中で、わたしにとっては重要な転換点となった作品です。技巧的には、上級の下のほう、に位置するかと思います。
転換点というのは、楽譜通りにきっちり弾いても何も伝えることができないということを実感したから、どのように聞こえるのかを計算することの大切さがあるということ、それは感性だけで実行できる演奏家もいると思うのですが、理論的に考えることはとても大事だと気付いたことでした。、この曲が重要である点は、ピアノ史上、もっとも重要な作曲家の一人であるリストの書法が一通り学べる作品でもあるからでしょう。リストは、幾何学的で数学的な頭脳で、理論的な作曲をしますが、本質はロマンチックで夢みる人です。そして敬虔なキリスト教徒であります。そのすべてがこの曲にあります。
和声構造は複雑に変化しますが、移行は数学的です。曲としては、大きな和音で作られる主題と、トレモロ・トリルと分散和音で構成されています。印象派のように、水の様々な動きを現していますが、焦点はキリストの出現(144小節目以降)にあります。ここから先を、大船に乗ったような雄大さで描きたいところです。。
技術的には、高低差の大きい分散和音と、重音トリルが問題なく弾けることが条件です。加えて、転がるような音色のために、1/4刻みぐらいのタッチコントロールが最低でも必要でしょう。ペダル操作も重要、大きいところは踏みっぱなし、細かい水の陰影を出したいところはペダルの深さを変え、ビブラートなどを使ってください。
細かい部分を見ていきましょう。
前奏に当たる部分(39小節まで)は水の表現です。緩急をつけ、始めと終わりを少し遅く、真ん中を早く演奏するようにして、ピークがわかるように少し短めのスパンを意識し、なおかつ全体的な流れを大きくとるとよいと思います。ppのところは水がポトンと滴るような感じ。
Um poco Marcato=40小節からは上の声部に甘美な主題が現れ、左に応答型があります。主題は左に降りたりするので、しっかり出しましょう。細かい音はすべて水の表現で、装飾ですから大きく響きすぎないように、1/4タッチぐらいで。素晴らしいものの予感。
144小節から三段譜になったところはキリストの出現です。D-durに転調していて、輝かしい印象とともに出現します。右に大きな主題、続いて、左の上の声部に大きな主題が出ます。演奏が難しい場所ですが、落ち着いて左手親指でテーマをしっかり。
158小節でFis-durに回帰したあとは、救いを見た安堵の心地です。途中でA-dur左で大きくテーマを拾う部分があり、余談ですが、このあたりに使われる音階はリストらしいハンガリー的な音階になっていて、個人的にとても好きな部分であります。204小節からFisに回帰します214小節冒頭の八分休符は大きく呼吸をしてください。ゆったりと大きく、Briosoからの水のきらめきは天国のように。最後は、大船に乗って海原に出るように、またはあこがれの新大陸が見えたかのように。
構成はこのように、大きく4つ、主題は宗教的な救いの音楽であります。具体的になにを思い浮かべても良いのです、大きな素晴らしいものに出会った、という演奏をするとよいかなと思います。
この曲を弾く方は、それなりに弾ける方だと思います。技術は練習でカバーできます。必ず弾けるはずです。楽曲がすばらしいですから、楽譜通りに音を出すだけでも素敵ですが、それでは非常につまらない。それより上の、印象に残る音楽、のためには、ここを聞いてほしい、というエネルギーを考えている5倍ぐらい注入することだろうな、弱音のなかの主張にはさらに10倍の魂を込めることだろうな、とわたくしは思います。テクニカルには、accelをかけるところ、rubatoで緩めるところの緩急をバランスよくとることでしょうか。
★楽譜の選択:ムジカ・ブダペスト・リスト原典版 またはヘンレ版をお勧めします。