2020年9月18日金曜日

ノクターン 作品37-2 (夜想曲 第十二番)

ノクターン 作品37-2

Chopin, Frederic:Duex Nocturnes Nocturne No.12 G-Dur;Op.37-2; CT119

1839年に作曲された二つのノクターンの、2曲目。

このころ、恋人ジョルジュ・サンドと、マヨルカ島で過ごそうと旅立った。この曲は、おだやかなアンダンティーノ、6/8の左手の伴奏アルペジオの上に、三度、六度の重音できらめくような右手の旋律が乗る。途中には、凪の寄港地のような、舟歌のような、まどろみの中間部があります。

穏やかな海、陽光がキラキラと輝く。ゆるやかな風、船はゆっくりと、憧れの島へ向かって、太陽に向かって、進む。

そんなイメージの曲なのです。ショパンは、冬のパリから逃げ出したときに、恋人と、南国のあたたかな太陽のもと、きらめく海の近くで、病気を治そうと思っていたのしょう。噂にならないように、途中で落ちあって、サンドの子供たちも一緒に。

第一主題とその変奏、G-durと書かれていて、初めて主調に気づく曲かもしれません。頻繁に転調する主題の中に、あまりG-durは出てこない。落ち着き先のない、浮遊するような調性の移ろいを、不自然さのないように流麗に演奏してほしいところです。右の重音旋律も、左の大きなアルペジオも、難しいです。ペダルも繊細に使いたい。

中間部のC-durから始まる第2主題は、ポーランドの民族的旋律といわれています。舟歌のようで、コラールのようで、ゆたかな平穏を表したいところ。ここも繊細な転調を繰り返します。転調をたどってみると、C、E、Cis、fis、as、F、Hes、D、G、かな。主調に辿り着くまでにこんなに紆余曲折。

全体をながめてみても第一主題再現部、再再現部には多様な転調があり、特に再現部は、低音部の半音進行がころころと変わる行き先のようで、奏者にとっては難解な迷路を生む。そして、短いコーダで、初めてG-durで第二主題が奏でられ、終止となるのだが、本来輝かしいはずのG-durの第二主題に、消えてしまうような寂しい印象を受けるのはわたしだけでしょうか。

残念ながら、この年のマヨルカは雨が多く、大事なプレイエルのピアノはなかなか届かず、田舎の村は排他的で、滞在する場所さえ見つけるのが困難、ショパンの結核は治るどころか、悪化してしまった。この曲は、そんなマヨルカの、夢。

わたくしにとっては、思い出深い曲であります。とてもとても忙しかった時期に、息が詰まりそうで、毎日夜中に依存症のようにピアノを弾いていて、ノクターンを全部弾きたいと言って、当時習っていた先生を困らせていた。冬にさしかかるころ、これを持っていって、難しいよと脅かされ、左の分散和音の音色だけで1時間のレッスンが終わることもしばしば、半年かかってなんとか人前で弾ける程度に仕上げたものです。持ち曲になり、ほかにはあまり弾かれない曲のようで、わたくしの印象として覚えていただいていることも多いようです。しかし、高温多湿の梅雨明け猛暑の日本で弾いたときは願望から程遠く、梅の咲いた2月のほうが、イイ感じにドライに弾けたのでした。

音源は、ポリーニの録音を拝借です。

https://youtu.be/UmkW7JZibxg



2020年9月16日水曜日

ノクターン 作品27-1 (夜想曲 第七番)

 ノクターン 作品27-1

Chopin, Frederic:Nocturnes Nocturne No.8 Des-Dur Op.27-1 CT114


1835年、ショパンはパリにいた。サン・ドミニク街のホテル・ド・モナコは、オーストリア公使の館となっていて、公使夫人であるアッポニイ伯爵夫人は月曜の夜にはサロンを、日曜の午後には演奏会を催した。

伯爵夫人は、ショパンにピアノを習っており、また、優れた歌手であった。ロッシーニも彼女のサロンの常連で、ウィーンでは彼のオペラに出演したこともあった。また、豊富な人脈を持つ彼女のサロンは、政治的に重要な場所であった。

ご存じのように、芸術は政治と無縁ではいられない。ロシア領になったポーランドに、もはや戻ることができなくなったショパンは、このサロンで、オーストリア皇帝を大叔父に持つヴォーデモン侯爵夫人にも紹介され、亡命ポーランド人として必要な知故を得ている。

ショパンはこの芸術の女神と呼ばれた伯爵夫人に、作品27のノクターンを捧げた。

彼のノクターンのなかでも、この作品27の二つのノクターンは、傑出した作品だと思う。


作品27-1、第7番のノクターンは、左手のアルペジオの上に旋律が乗る、A-B-A'の三部形式の作品。彼の特徴的な書法である、左の広域アルペジオ、演奏は地味に困難だが、空虚5度といわれる、第3音がないcis, gisの和声で展開され、最初に提示される主題は、やがて二声になり、冒頭および中間部はcis、同じ調性でありながら、冒頭のほの暗い、まさに宵闇のようなモノローグと、中間部の漆黒の情熱の対比、これこそがショパンだと思う。

再現部ではcisの主題はCisに変わり、朝日が差し込むように、ひとすじの希望とともに弾き終わる。これは、夢なのではないだろうか。


左手はつねに大きなアルペジオを弾く。手の大きさでカバーできる音域ではないと思う。右手は、極上の主題をあくまで漂うがごとく、中間部の情熱は、ほの暗さを残したまま、描いてほしい。どちらも、あくまで地球に音の重さをゆだねるようにして、左のどれか一つの指が強くならないように、ベースの音は少し残響が多くなる感じで注意深く弾いてほしい。

ペダル、濁らないように、よくよく音を聞いて、una cordaを上手に使って音色を変えるとよい。

このような曲を弾くためには、ペダルにあまり頼らずに、音楽を作れるようにしたいところである、難しいが。

Contessa Theressa Apponyiはこのような方だったようです。


参考音源は、今でも鮮烈に思い出す、ユリアンナ・アヴデーエワのショパンコンクール3次予選の演奏です。この演奏を聴いたときに彼女の優勝を予感しました。素晴らしかった。

https://youtu.be/B28j2Eud5wE

平均律第一巻 序

  「うまく調律されたクラヴィーア(Das Wohltemperirte Clavier)、あるいは、長三度つまりドレミ、短三度つまりレミファにかかわるすべての全音と半音を用いたプレリュードとフーガ。音楽を学ぶ意欲のある若者たちの役に立つように、また、この勉強にすでに熟達した人た...